感想文

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戦争体験のお話を聞いて思うこと

 

私、戦争体験を語るとか聞くとか、今まで、必要ないっていうか、重要性をあまり感じたことがなくて、語り部さんが減ってるとかニュースで聞いても、別にいいじゃんって思ってたんです。

 

なんでそんな残酷な話聞かなきゃいけないの?って。

そんなの聞かなくても別に戦争なんかしないしって。

 

間違った歴史を繰り返さないために、戦争を知らない若い世代にも語り継ぐことが大事とか、正直全然ね、共感もできないしピンともこなかった。

 

高校の頃の歴史の先生は、授業中座ったまま、全く授業をしないで延々と戦争の話をする先生だったけど、ぼそぼそしゃべるからあんまり聞こえなかったし、それにテストには全然出ないから、全く聞いてなかった気がする。

 

でもね。

 

そんな私の勘違いはもうおしまいです。

 

 

先日、とある交流のある80代のご婦人と、少しだけお話しできる機会がありました。

 

 

会議中のおしゃべりで思いがけず聞いた戦争のお話。

 

 

 

そのご婦人(Aさんとします)のお兄さんは、20歳の時、沖縄の近くに停泊していたアメリカの大きな船に、特攻隊として突っ込んで亡くなったんだそうです。

 

その特攻機が出航した鹿児島では毎年慰霊祭があるのだそうけど、遠いこともあってずっと行けてなくて、でもご自分ももう年で、来年行けるかわからないから、今年はどうしても行きたいと、飛行機の往復チケットを取り、おひとりで行ってくるんだそうです。

 

特攻機には3人一組で乗り込むんだそう。

前から順番に、1人は操縦担当、1人は双眼鏡担当、1人は通信担当。

通信担当の人は、特攻機に後ろ向きで乗り込むんだそうです。

 

お兄さんは、その通信担当で、後ろ向きに乗ったまま、突っ込んだそうです。

 

「後ろ向きで乗るのが1番怖いんですってね。前が見えなくて、いつ、突っ込むかわからないから」

 

と、お兄さんのその恐怖を思い、涙ぐむAさん。

 

もう、70年以上前のことです。

 

お兄さんが特攻する前日に、Aさんはお母さんに連れられて、お兄さんに面会に行ったんだそうです。

 

お兄さんは、お母さんがくることは知っていたのだけど、小さなAさんが来るとは思ってなかったようで、Aさんを見て

 

「お前さんも来たのかぁ。お前さんが来るなら、昨日もらったチョコレートを食べないでとっておけばよかったなぁ」

 

と、戦時中、とても貴重だったチョコレートを、自分が食べてしまってAさんにあげられなかったことをとても悔やんだそうです。

 

そして面会の別れ際、お母さんとAさんに向かって、きりりと敬礼したお兄さんのすがたが、とても格好良かったと。

 

70年以上前のその日を思って、お兄さんの優しさや、凛々しさや、そして恐怖を思って涙ぐむAさんの話を聞いて、そして、今年が最後の機会かもしれないから、どうしても鹿児島の慰霊祭に行きたいと言うAさんの気持ちに、私も泣けてしまいました。

 

会議中に私語するだけでなく、さらに泣く私ってね・・・。

 

Aさんの所持しているお兄さんに関する資料はすべて、アメリカ側が残してくれたものだそうです。お兄さんが突っ込んだそのアメリカの船の上から、お兄さんが乗っていた特攻機を撮ってくれた写真もあるんだそう。

 

アメリカの軍人さんは、決死で突っ込んでくる、3人もの若者が乗ったその特攻機を、どんな思いで見て、どんな思いで写真を撮り、その姿を残しておいてくれたのか。

 

きっと、その特攻機に乗った青年の家族のもとに、いつか届くことを祈りながら、シャッターを切ってくれたんじゃないかな。

 

だって突っ込んでしまったら、ご遺体も、所持品も、何も残らないのだから。

 

お兄さんも、アメリカのその軍人さんも、戦争なんていう愚かで悲しいことを、もう2度としてほしくないと、後世の人に伝えたかったはず。その思いを痛いほど感じてるから、Aさんは、会議中の私語で、そんな話を、私にしてくれたんだと思う。

 

Aさんの話を聞いて、私は来年の夏、上辺だけのポーズじゃなく、思いを込めて、黙祷ができると思う。

 

そして今ある生活を、日々の暮らしを、家族を、ものにあふれた今を、もっともっと大切に生きられると思う。

 

 

初めて、戦争体験を聞くことの大切さを、身をもって実感しました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何十年経っても、その人のことを思って涙するのは、前を向いてないからじゃない。

 

その人の思いを大切に思っているから。

その人が生きた証を、忘れてはいけないと。

 

忘れてしまう方が、きっと楽に生きられると思う。

思いながら生きる方が、ずっと辛い。

 

でも。

辛くても、忘れずにいるのは

自分のためじゃない。

 

 

亡くなった方の

 

辛さや

悲しみや

悔しさや

優しさや

後悔や

心残りや

思いを

 

想像して寄り添いたいと思うこと。

 

もしも亡くなってしまうことを知っていたなら

 

あんなこと言わなければよかった

もっと優しい言葉をかければよかった

前の晩に好きなハヤシライスを作ってあげればよかった

1度でいいから、一緒にお酒を飲みたかった

ケンカなんてしなければよかった

この写真を見せたかった

 

もし、あんなこと言わなければ

あんな態度をとっていなければ

 

 

声をかけていれば

  

 

亡くなったりしなかったかもしれない

 

 

今も元気に笑っていたかもしれない

 

 

決して取り戻せない後悔や心残り。

 

 

 

そんな残された人の気持ちを

 

 

 

執着なんて言葉で表現するべきじゃないと思う。

 

 

 

その気持ちは

 

何年経とうが

何十年経とうが

 

決して無くなったり薄れたりせず

 

心に抱えて共に生きていく思いなのだから。

 

 

私は

 

そんな自分の思いを閉じ込めて封印して見えないところに追いやって

 

忘れてるフリをするのが精一杯で

 

そうでもしないと立っていられなくて

 

亡くなった人の思いに寄り添って

自分の後悔を抱えて

それらと共に生きることができない。

 

 

結局一番、自分勝手なんだ。

 

 

 

 

逃げてばかりいて

 

お墓参りにさえ行けない私には

 

語る資格すらまだない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はっ。

 

話が大きくそれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご高齢のAさんが一切のトラブルもなく飛行機に乗られ

無事に鹿児島に着きますように。

 

そして

戦死したお兄さんと

無事に会えますように。

 

慰霊祭の日は

私も

Aさんのお兄さんの

優しさや

悔しさや

恐怖や

心残りに

思いを寄せ

 

そしてAさんのお兄さんだけでなく

戦争で散ったたくさんの

何十万もの

未来があったはずの若者が願った

平和を

 

この時代のこの場所で

祈りたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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