感想文

本や映画や、いろんなことの感想文を書いています。

採卵養鶏場のバタリーケージのこと①

スポンサーリンク

※画像は一切貼っていませんが、一部、もしかしたら残酷な表記があるかもです。

※動物愛護に傾倒した内容ではありません。

※私はヴィーガンではありません。普通に卵を食べます。

 

 

バタリーケージというのは、ニワトリの卵を採集するための養鶏場で採用されている、ニワトリを入れておくためのケージです。

 

ニワトリの体の向きを揃えて、5羽くらいずつ並べて入れたケージが、縦にも横にも並べてあって、イメージとしては、図書館の本棚みたいな感じです。

 

図書館の棚に並んでるのは本だけど、そこに、ニワトリが並んでる感じです。

 

ニワトリの頭の方には、餌とお水が流れているレーンがあって、ニワトリは毎日新鮮な餌とお水がもらえるようになっています。

 

ニワトリのお尻の方には、卵を受け取るレーンがあって、養鶏場の人は、そのレーンから、産み落とされた卵を採集します。

 

 

ということを、私は小学5年生の時、社会科の授業で学んだ。

社会科の教科書には、本の代わりにニワトリが並べられた本棚が、ずーっと奥まで続いている写真が載っていて、先生が上記のことを説明してくれた。

 

もう30年近く前のことだけれど、その授業で感じた強烈な違和感を、今でもよく覚えている。

 

 

え?

これじゃあニワトリ、一歩も動けないし、羽も伸ばせないよね・・・・・・?

 

 

そんなわけはないと思った。

そして私は、ニワトリは1日のうちの数時間、この棚に入れられて、卵を産んだあとはケージから出されて、自由にしてるんだな、きっとそうなんだろうなと無理やり思い込んだ。

 

当時私は飼育委員で、学校の飼育小屋のウサギやニワトリの世話をしていたし、毎日ニワトリと遊ぶのが大好きだったから。

 

それでもその後、家庭科の調理実習のために、班のみんなで買い出しに行った近所のスーパーで、積まれている卵パックを見て社会科の授業を思い出し、心にざらっとしたものを感じたのを覚えている。

 

 

教科書の写真で見た、あの養鶏場のニワトリたちは、本当にケージから出してもらえているんだろうか・・・?

 

 

その疑問はその後何年も、頭の片隅に常にあった。

当時はインターネットなんて当然ないし、図書館で調べても、バタリーケージについての記述を見つけることができず、真実がわからないまま、何年も過ごしていた。

 

 

もしかしたら、ニワトリは一生ケージから出してもらえないのかもしれない・・・

 

 

その疑念が確信に変わったのは、高校生の頃。

テレビだったか何だったか忘れたけど、スイスが『ニワトリにも大地を踏む権利がある』として、国内のバタリーケージを廃止したというニュースを聞いた。

 

そのニュースを聞いて、はっきりと気づいた。

 

バタリーケージのニワトリは、大地を踏むことはできないんだ。

一生、ケージに入れられて身動きもできずに金網の上に立ち、後ろを向くことも、羽を伸ばすこともできないまま、本棚の本みたいに並べられているんだ。

 

それ以来、卵かけごはんを食べられなくなった。

食卓に卵料理があがるたび、養鶏場のニワトリを思い出した。

すき焼きを食べるときも、家族の中で1人、卵を使わずに食べた。

 

大学を卒業して1人暮らしを始めてからはほとんど、卵を買わなかった。

友人と食事をするときは、付き合いで卵を食べたけれど。

 

当時は家にパソコンはなかったけれど、読んだ書籍に載っていた愛護団体に会費を振り込み、広報誌を取り寄せて読んだ。

 

その広報誌で、ニワトリはただ棚に並べられて身動きがとれないだけじゃないことを知った。

排卵を促進させるために、ひとつも窓のない、温度も明るさも一定に保たれた鶏舎の中で、季節も、昼夜もなく、1日じゅう、1年じゅう、一生、春の夕方のような薄暗いぼやーっとした灯りの下で過ごしているんだそう。

ウィンドウレス鶏舎というんだそうだ。

 

 

それと。

まだ実家にいる頃だから、20年くらい前だと思う。

トリインフルエンザが流行るずっと前、何かの伝染病のせいで、養鶏場のニワトリを全処分するというニュースをテレビで見た。

防護服を着て厚手の手袋をし、マスクをした作業員さんたちによって、バタリーケージのニワトリが、足をつかまれて乱暴に、次々に引っ張り出されて、白い大きなポリ袋に詰め込まれていく様子が映像で流れた。大きなポリ袋はもそもそと動いていた。

アナウンサーは平坦な口調で、全羽焼却処分されると言っていた。

淡々と流れる、とても平常運転とは思えないそのニュースに、自分の目と耳を疑った。

今でもテレビで見たあの光景は、悪い夢なんじゃないかと思うことがある。

 

 

私は10歳だった小学5年生の頃、社会科の授業を受けて以来ずっと、バタリーケージのこと、養鶏場のことを気にしながら生きてきた。

 

 

関連記事

 

nemurenai-same.hatenadiary.jp