感想文

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グレーゾーンの子どもたちの行き場は通常級?支援級?

マミー(id:mamichansan)さんのエントリを読んで。

 

mamichansan.hatenablog.com

 

これすごく難しい問題。

いま、現場が直面してる課題だとおもう。

 

グレーゾーンの子どもたちは、昔に比べて明らかに増えてる。

それは、発達障害っていう名前がついたからとかそういう理由だけでなく。

 

そういう『通常級にいる、通常教育についていくのが困難な子』には、マミーさんの記事にある通り、サポーターをつけられる制度もある。

 

でもマミーさんの言う通り、表向きの目的は『該当児童の学習支援』でも、現場での実際の役割は、『その他の子どもたちの教育活動が円滑に進むように、その子を見張っておく』という面の方がはるかに大きいと思う。いや、だからといって学習支援はゼロではないですよ?

 

その他大勢側からすれば、これはすごくありがたい制度。

その子を見張っててくれるだけで、サポーターさんいい仕事してくれてる!ってなる。

でもマミーさんの言う通り、その子の側からすれば、資格も技術もないサポーターつけられたって、大した成果は期待できるわけもなく、満足な成長なんて望めない。

 

じゃあ、グレーゾーンの子は、いっそ、支援級に行くべきなのか?

わたしは今まで、ぜったいに支援級に行くべきって思ってたんです。

それが、健常な子にとっても、グレーな子にとっても、最善の選択だと。

 

でも最近、必ずしもそうじゃないって、考え方がゆらぐ現状を、目の当たりにすることが増えてきた。

 

グレーな子どもたちが通常級に混ざっていることが当たり前になってる最近の現場は、その他大勢の子どもたちの受容力が、ものすごく大きくなってる。

10年前だったらきっといじめられていたであろう子が、今では、クラスに受け入れられて、居場所がある。

勉強は全然できない、コミュニケーションをとるのも難しい、整理整頓が壊滅的、教室から出ていっちゃう。

でもそんなことで、今の子どもたちはいじめたり、無視したりしない。

今の子どもたちは、驚くほど寛大だ。

 

なぜなら、そういう子がいるのが、彼らにとっての『当たり前』だから。

 

できないことを嫌味のない笑いに変えながら、みんなでサポートしている子どもたちを見ていると、健常な子と障害のある子が同じ空間にいることは、そう悪いことじゃないって思えるし、離すべきと思ってるわたしの方がずっと、頭がかたいというか、視野が狭いんじゃないかと思えてくる。

 

だけどそれは、グレーじゃない、その他大勢の子どもたち側を見た場合。

 

グレーの子たちのためにはどうなんだろう?

全くついていけない授業を、1日中受けていなければいけないのって、どれほどの苦痛だろう?

定期試験の平均点が発表されるたびに、自分のせいでテストの平均点が下がってるって自覚させられるのって、どんな気持ちなんだろう?

 

たとえクラスに受け入れられていて居場所があったとしても、やっぱり、劣等感ばかりが育ってしまわないか?

自己肯定感・・・というか、個人の尊厳は大丈夫なのか?

守られてるのか?

 

中学の途中から、通常級から支援級に移動する子どもも大勢いる。

彼らは長い間、通常級で、肩身の狭い思いをしてきた。

僕のせいでクラスに迷惑がかかってると思い続けてきた子たち。

グレーな子どもたちにとって、支援級に移動になるということは、屈辱に違いない。

でも支援級での授業は、いままでいた通常級のように『なにをやってるのかすらわからない』ということはなく、彼らが努力すれば、100点だってとれる。

教員の理解もある。

そんな『承認』の積み重ねで、ほとんどの子が、最後には自己肯定感を取り戻し、明るく笑顔になるさまを、わたしは多く見た。

 

ただね。

 

支援級の授業では、知的好奇心は育たないかもしれない。

支援級の授業はやっぱり、社会に出るための訓練の意味合いが強い。

それを、小さな子どものうちからやることが、どれだけ重要なことなんだろう?

せめて小中学生の子どものうちは、実用性はなくても、勉強の面白さや楽しさを経験させてあげてもいいのではないか?

実用性のない知的好奇心を伸ばしてあげてもいいのではないか?

 

そういう意味では、たとえついていけなくても、テストの点がとれなくても、通常級の授業を聞いているだけで、意味があることのように思う。

 

難しい・・・・・・。

 

視点の置き方、見方、考え方で、その子にとってどの場所が最適なのかが大きくぶれてしまう。

 

マミーさんの言う通り、グレーな子どもたちに対する現場のサポートは不十分だ。

でもすぐにどうこうできる余力は現場には微塵もない。

平成30年度の指導要領の改訂で、授業時数は増え、教員の負担はますます増える。

授業時数が増えるということは、教材研究の時間が減るのに授業数は増えるという、理不尽なパラドックスを生み出す。

はっきりいって、現場の改善は期待できない。

というか、現場の教員は精いっぱいのことをしてると思う。

これ以上、どうすればいいいの?っていうほど。

教員を増やす?

だからって、採用基準を甘くして、だれでも合格させるわけにもいかない。

人員を増やせば解決する問題でもない。

 

じゃあどうすればいいのか?



グレーな子の親の立場。

教員の立場。

その他大勢の子の親の立場。

支援塾の教員の立場。

 

立場でこれほどものの見え方や考え方が違ってくる問題も珍しい。

それほど、大きな課題なんだと思う。

 

そして正解のない課題。

できればすべての子が、自尊心を傷つけられず、その子にあった教育が受けられればいいのだけど・・・。

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