感想文

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『今となってはいい経験』

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どうも。

何も考えず、個人的に興味のあることばかりをだかだかと書き殴る日々。

当然、PVだだ落ちですが、気にしないでだがだが続けるスタイル。

さめです。

 

わたしの今の興味は目下、日大アメフト部問題。

もうないだろうと思っても思っても、びっくりな続報がこれでもか!と追い打ちをかけてくるので、目が離せないし、それにやっぱり、宮川くんの復帰を見届けたい。

 

学連?がまっとうな判断をしてくれて、とりあえずはヨカッタ。

 

www3.nhk.or.jp

 

宮川くんに聞き取りもしないで再回答書を提出した日大っていったい。

 

 

そしてびっくりな続報。

 

headlines.yahoo.co.jp

 

これはなに?

体育会系あるある・・・ではないよね?

 

 

でも体育会系の上下関係はきびしさは独特

 

中学時代のソフトテニス部。

高校時代の合唱部。

 

どちらもけっこうな体育会系でした。

先生はとのさまか!ってくらい『君臨』してたし、先輩後輩の上下関係が特殊

 

たとえばテニス部。

1年生は、先輩が水を飲んでいいよと言わないかぎり水を飲んじゃいけない。

 

たとえば合唱部。

整列して歌ってるとき、前列から1年、2年、3年の順で並んでるんだけど、3年の先輩が、すぐ後ろの窓をちょっと開けようとするものなら、『先輩すみません開けます!!!』と、最前列の1年が走りこんでいかなきゃならない。

 

2列後ろにいる先輩が窓を開けようようとしてるのとか気づけないよ…。

てか3年生が窓に1番近いんだから、3年生があければいーじゃんか…。

 

そしてテニス部も合唱部も、3年生が修学旅行でいないときの、2年生の先輩たちの、のびのびっぷりは印象的。

 

わたしはそれらの光景に、思わず笑ってしまう1年生でした。

 

 

テニス部も合唱部も2年間続けたけど、そんな『体育会系の上下関係』にどうしてもなじめず、3年生にあがると同時に、どちらの部活もやめてしまった。

 

そんなわけわかんない上下関係の1番上になんてなりたくなかったし。

 

 

大学で文化系の部活に入り、先輩後輩の関係がとても『普通』で、最初はそのゆるさに戸惑ったけど、次第に、今までいたとこが特殊だったんだと思えるようになりました。

 

体育会系の独特な上下関係をいいとも悪いとも思わないけど、わたしには合わなかったし、やっぱり、特殊な世界であることには違いないと思います。

 

 

そしてそんな体育会系の理不尽な上下関係の延長上に、内田監督のような振る舞いがあるんだとしたら、それはどうなの?ってなるよね。やっぱし。

 

一緒にするなというのなら、何が違うのか説明してほしい。

程度の差じゃないの・・・かなぁ?

 

スポーツをしてる人は好きだけど、あの異様な上下関係はわたしには理解不能。

必要性もよくわかんない。

 

 

理不尽なことはどんなに時間が経っても理不尽

 

気になったのはこの記事の中の一文。

 

www.daily.co.jp

 

 

内田前監督は、時に選手を名指しで酷評し、「結果を出さなければ干すぞ」などと圧力をかけ、「時に理不尽とも言える要求」もしていたと事実認定として明かされた。こうした要求は対象者を替えて繰り返されたといい、日大アメフット部の選手の間では「ハマる」と呼ばれていたと読み上げられた。


ハマった時に受ける精神的重圧は相当なものだったといい、関東学連のヒアリングでは経験者たちは異口同音に「地獄だった」と語っていたという。一方、耐え抜いて結果を出した選手の中には「今となってはいい経験でした」と内田前監督を尊敬する選手もいたことも付け加えられた。

 

 

これは違うだろう!!

 

と声を大にして言いたい。

 

学生時代の部活の、あの理由のよくわからないやったら厳しい先輩後輩の上下関係も

PTA役員時代に経験した理不尽さも

わたしはぜんぶ乗り越えて糧にして今ここにいるし

世の中を知る機会になったし

あの経験があったからこその今の自分だとは思うけれど

 

『今となってはいい経験』

 

なんて口が裂けても言えない。

ないないない。

いい経験じゃ全然なかった。

できれば経験したくなかった。

 

 

理不尽さを自分の中で消化するのと

いい経験だったと美化?正当化?するのとは全然違う。

理不尽は理不尽。

時間が経っても理不尽。

どんなに、相手のあの時の気持ちが理解できようとも

あの時の相手を許せても

理不尽なことには変わりない。

ましてや尊敬する?なんてないないないない。

 

 

ちなみにわたしは

 

2度と口ききたくない。

 

 

『今となってはいい経験』ってなに?

 

辛かったこと

痛かったこと

苦しかったこと

悲しかったこと

わたしだっていろいろあって

それぜんぶ乗り越えられたから

糧にできたから

今死なないでちゃんと生きてるわけだけど

今思い返してみても

『いい経験』だったなんて言えるものはひとつもない。

 

 

だってさ?

たとえば辛いいじめを耐えて乗り越えた人が

いじめられたことを

『今となってはいい経験だった』なんて言ったら

いじめを正当化することにならない?

 

 

それとも

『いい経験だった』って自分に言い聞かせないと生きていけないほど

『あれは自分のためによかったんだ』って思いこまないと生きていけないほど

まだその経験を消化できてないってこと?

 

 

理不尽な経験はいくら時間が経っても理不尽だし

嫌な思い出を無理にいい思い出に変える必要もないし

逆に、酷い思い出がいい思い出にすり替わってるのってちょっと怖い。

 

 

あの時は嫌だったけど、先輩は間違ってなかった。

あの時は苦しかったけど、コーチは間違ってなかった。

 

耐え抜いて結果を出した選手の中には「今となってはいい経験でした」と内田前監督を尊敬する選手もいた

 

 

違うでしょう?

 

 

受験勉強大変だったけど、いい経験になったなぁって言うのと

先輩にいじめられたけど、いい経験になったなぁって言うのは

次元が違う。

 

まとめ

 

わたしにとっての『今となってはいい経験』

たとえば

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・・。

 

 

ぜんぜん思い当たらないや。

嫌な思い出は今でも全部嫌な思い出だし

そのとき嫌いだった人は今でも超絶大嫌い。

みんなは違うの?

 

 

 

 

 

ということで

 

いかがでしたか?

あなたにとっての『今のなってはいい経験』も、よかったら教えてくださいね!

 

(まとまらないので最悪のまとめ)